アネモネの涙




ねぇ、振られたんだってね。可哀想」



練習が終わって帰宅した俺に、ゆっくりとした口調で言うのは。
連休だからといってふらっとやってきた、韓国の従兄。
嬉しそうに言うなよ、ムカツク。

「だって嬉しいもん」
あの時のモヤモヤをぶつける様に言ってやれば、あっさりと吐かれた肯定の言葉。
・・・俺が本気だったの知ってるくせに。嫌な奴。

「英士は僕のだもん。他の女になんか上げないよ。それも英士のことなんかちっともわかってないような女になんかには絶対。
こんなに可愛くて優しい英士は僕だけが知ってれば良いんだよ」

ゆっくりと手が伸びてきて、俯き加減だった俺の髪を一房摘む、指。
その手に少し動揺しながらも、否定の言葉を吐く、俺。
「・・・俺は、潤慶なんかいらない」
出された声は震えていなかっただろうか。

それでもいいよ。僕が勝手に英士を好きなだけだもん」
「・・・なにそれ。年上の余裕?止めてよねそういうの」
髪を触っていた指はそのまま頬へと移動されて。
「英士嫌いだもんね。僕のこと。でもごめんね。僕は英士のこと愛してるんだよ」

微笑みを浮かべ、
じっと見つめられながら、告げられる。
と同時に唇に触れる、温もりと吐息。


「ね、甘やかしてよ。
僕のこと甘やかして?嫌なら傷付けても良いけど・・・英士には出来ないよね、優しいもん」

「・・・やっぱりバカにしてるだろ」
「してない」
はっきりとそう告げられて。
溜息を吐きながら、潤慶へと手を伸ばす。

「・・・仕方ないから甘やかしてあげるよ」

「ありがとう」
にっこりと、でも静かに笑う潤慶の顔はとても綺麗。

潤慶はお子様、だ。
そう言ってやれば
「そうだよ。今頃気付いたの?」
とクスクス笑いながら抱きついてくる。

「僕は甘えるのが好きなんだよ。だから、めいっぱい甘やかしてよ。
英士の体温が一番安心する。心臓の音も心地良いし、英士の体は僕のためにあるんだよ」
うっとりと、体を預けて言う潤慶。
「止めてよ、気色悪い。そんな、俺の存在が潤慶のためとか、絶対嫌だ」
その体を抱き締めながら、拒絶の言葉を吐く俺。
なんて滑稽なんだろう。

あはは、こんな郭英士を知ってるのは僕だけ、だよ。
そう言う潤慶の声は俺の胸に吸い込まれて。

お前って本当にバカじゃないの。
そう返す俺の声は潤慶の髪を揺らす。



「英士は一馬にも結人にもこんな顔でこんなこと言わないじゃない。
英士は二人と同じ位置で、でも二人より少しだけ優位に立って優越感を味わっていたいんだろ?
対等でいたいくせにね」

傲慢で愚かな英士。
可愛いね、なんて。

うるさい、うるさいうるさいうるさい!!



ねぇ、僕を捨てないでね。
僕には英士しかいないんだよ。英士に捨てられたら、死んでしまう。
こんな弱い僕を捨てないで。

潤慶の声は、言葉は、とても甘いから。
わかっててやってるのは知ってても、振り払えない。
結局は俺も心のそこで望んでるんだ。


君は、愚かだとわかっていながら、縋る僕の手を振り払えないんだ。
可哀想だね、とても可哀想。
だから僕も手放せないよ。
可愛い、君を。


そう告げる潤慶の声を、自分の口で塞いで。
自分より身長も体重もある体を、それでもいとおしいと思いながら、組み敷いて。
下から見つめられる視線にゾクゾクして。


愚かなこの行為を、止められないんだ。
二人とも。
永遠を信じる、子供のように、愚かな行為。



『俺のものだけになってよ』


莫迦なんだよ。





**2005.04.01. 改 [PR]動画